2週間ぶりのブログです。というのも2月の下旬に突然、帯状疱疹を発症したからです。それも左の顔面に出て、番組を1週間も休ませてもらう羽目になりました。ウィルスが眼球に入ったため活字も読めず、パソコンの画面にも向かえず、記者として手足をもがれたような心境に陥りました。番組は今月の26日で終了します。ブログも残り数回ということになりますが、アクセスよろしくお願い致します。
ところでこの2週間の間に政治は大きな峠を越えたと言っていいでしょう。鳩山政権発足後、初めての予算案が衆院を通過し、年度内成立が確定したからです。本来なら予算を人質に取りながら政権を追い詰め、国会運営の主導権を握ることで存在感を高めるのが野党です。しかも、鳩山政権は鳩山由紀夫首相と民主党の小沢一郎幹事長のツートップをめぐる「政治とカネ」の問題が横たわり、内閣支持率は40%を割り込むという絶好の環境にありました。それにも関わらず、自民党は為すすべがないまま失点を重ねています。
こうした流れの中で政治的には2つの動きが表面化しました。1つは自民党内の「谷垣降ろし」の動きです。そしてもう1つがつい半年前まで連立のパートナーだった公明党が急速に自民離れの動きを見せ、民主党に急接近したことです。
「谷垣降ろし」ではまず舛添要一氏が外国人特派員協会で声を挙げ、続いて与謝野馨氏が雑誌文藝春秋で「新党結成へ腹はくくった」と決起の狼煙(のろし)を挙げました。今のところこの両氏に連携の動きはありませんが、双方の動きが共鳴し合うことになると、「自民党分裂―新党旗揚げ」という可能性も排除できません。
そこで思い出すのが、93年の自民党下野のことです。この時も総裁に党内ハト派の筆頭で、穏健な河野洋平氏を総裁に選出しました。しかし、その後、「河野総裁では選挙は勝てない」との声が挙がり、95年の参院選でトータルでは第1党を維持したものの比例代表選挙で当時の野党新進党に敗れると、一気に「河野降ろし」が始まり、橋本龍太郎氏が総裁に就任しました。
今回の流れもこの時とよく似ています。衆院選大敗後に無難、穏当な谷垣氏を総裁に選んだ点です。ところが決定的に違うことがあります。93年は下野したとはいえ圧倒的な第1党だったのですが、いまや衆院では300議席を越える民主党に対して自民党はわずか119議席。しかも参院選まであと4カ月しかありません。11日になって与謝野氏の知恵袋でもある園田博之氏がこう述べています。
「与謝野氏は体制を一新するか、自民党を補完する別の政党をつくらなければいけないと言っており、私も認識を共有している」
やるなら一気呵成が政治の定石です。そうでなければ、自民党の混迷、混乱が増幅されるだけに終わります。
現に自民党がもたついている間に、公明党は「自公路線」から明らか
に決別を開始しました。民主党も有権者の失望をかっていますが、「自公分断」は結果的に民主党にプラスに働くことは間違いないでしょう。小沢氏の不敵な自信もここから来ているはずです。(了)